新著「情報システム調達の政策学」が3月31日に公刊される。
本書は、各省庁と自治体が実施している物品やサービスの調達のうち、情報化の進展に伴って近年多額の投資が行われている情報システム調達(IT調達)に焦点をあてたものである。IT調達はもちろん各省庁や自治体のみならず民間企業でも広く行われているが、民間企業では特定の企業とタッグを組んでの開発や自前の開発(内製)が可能であるのに対し、公共部門では会計法令に基づき競争入札で調達することが原則となっている。ひとたび開発され稼働を始めると事業者を変更することが容易ではない情報システムの性質上、かつては大手ベンダーが一円入札と呼ばれる低価格で入札を行い、その後は随意契約で継続的に契約を獲得し結果的に高コストとなっているなどの問題が指摘された。その後IT調達の制度も改善が進められたが、その実態が明らかにされることは少なく、対象とした研究も少ない。本書では、2016年からスタートしたマイナンバー制度の導入に伴い関係省庁や全国の自治体で実施されたIT調達を対象に事例研究を行い、現在の公共部門におけるIT調達の現状と課題を明らかにし、将来に向けた改善策の提言を行なった。
マイナンバー制度導入に伴うIT調達を対象とした理由は、ひとえに私自身が行政官として実際にその調達の一部を担当したことにある。私は第2次、第3次安倍内閣の内閣参事官として、マイナンバーの中核システム調達のプロジェクト責任者を務め調達手続を行うとともに、関係省庁と全国の自治体が進める調達と開発の全体進捗管理を担当した。その体験を通じて感じたことは、文房具や備品の調達と、情報システムという目に見えないソフトウェアの調達が、ともに同じ会計法令に基づく一般競争入札原則によることの違和感である。役所仕事の無駄や不合理は様々な場面で指摘されることがあるが、実はその由来が法制度にあることは多い。法制度が時代の変化に合わせて柔軟に整備されないと、役所の仕事を大きく変えることは難しい。現在の会計法令による競争入札原則そのものが、目に見えないITに巨額の税金を投入する時代に合ったものなのだろうか、という問題意識が出発点であった。それは有難いことに、実務一辺倒の生活を送ってきた私を研究の世界に誘う原動力にもなってくれた。
本書は筑波大学における博士論文をもとにしたものであるが、マイナンバーシステムという具体の調達事例を対象にしていること、私自身が体験した調達のプロセスを詳しく明らかにしていること、競売理論や制度理論といった経済学、社会学の観点から理論的考察を行なっていること、さらにそれを踏まえて具体的な改善のための政策案を提示していることに特徴がある。先行研究や歴史的に評価される理論に支えられた政策の選択肢が欲しいという思いは、国や自治体で仕事をする中で私が何度も思ったことである。法制度の議論は通常、法律学の観点での議論が主となるが、実際の法制度は経済や社会システムなどとの関わりの中で動いている。将来に向けた改善のための政策を考えるには、実際の社会経済状況の洞察と学際的な視点での議論を欠かすことはできない。まさに政策学という総合医が必要なのである。
霞ヶ関の地盤沈下が指摘されて久しいが、それは政策能力の低下となって社会に悪い影響を及ぼしている。いまや政治や行政部門だけではなく、経済界や学界が共に具体的な政策作成に関与し国の政策能力の一翼となることが必要な時代となった。そのためには実務家が勇気を持って自分の仕事を客観的な分析に晒し、様々な分野の専門家が協働して多くの政策の選択肢を提示していくことが求められる。本書がそのような風潮を起こすきっかけに少しでもなればと願っている。
なお私が体験したIT調達についていえば、そこには政と官の関係という政治学的にはとても興味深い事象が存在した。政策の選択肢を生み出すという今回の研究目的とは焦点がずれてしまうため本書では触れていないが、いつかその観点からの考察もしてみたい。
※ 関西学院大学出版会「理」(コトワリ)4月号もご参照ください。