県議会全会一致での不信任決議から前知事の再当選となった兵庫県。地方自治制度が想定している事態を超える結果となった。兵庫県政のこれからのことを思うと暗澹たる気持ちになるが、ここから何を考えなければならないのか。
一つは政党による政治の終焉が近づいていること。自由民権運動に始まる政党政治は選挙制度に起因する世襲増加や政党自身の能力低下、投票に行く人々の減少による代表制の低下により既に国民の信頼を失っている。不信任決議を主導した政党が候補を立てることが出来なかった今回の兵庫県の状況は、民主主義の基盤として維持してきた政党主導による政治制度が少なくとも地方自治においては機能しないことが明らかとなったのではないか。
もう一つはネットメディアを中心とした報道と有権者の情報リテラシーである。パワハラやおねだりなど本質的な問題とはかけ離れたことがメディアによって連日報道されそれが煽られる一方、それとは反対の情報が優位を占めると一気に民意がブレる。いずれも本質的な問題とは全く関係ないことなのに、この間の民意のブレは過去見なかった状況である。有権者にとっての本質的な問題は何か、将来の地域社会に向けての投票行動はどうすべきかを考える能力が低下し、その時々の情報に左右された感情的な投票行動に走るようになっている。中立公平さや真実性が求められないネットメディアによる情報の渦に有権者が抗うことなく飲み込まれている状況は、もはや主権者としての主体性や判断能力を失っているようにも見受けられる。
国威高揚運動によって戦争に突き進んだ日本、そしてヒトラーによる煽動により合法的に成立したナチスドイツを彷彿とされる今回の出来事は、現在の民主主義制度のあり方と国民の資質そのものに根本的な問題提起をしていると思う。